【ヨコハマ買い出し紀行(芦奈野ひとし)】アニメ版の演出のアレやコレや。あとエロス。
第9回は、前回の異色終末SFで取り上げた「ヨコハマ買い出し紀行(以下ヨコハマ)」について詳しく書いていきます。
今までのエントリではは基本的にその作品を未読の人への紹介的な内容でしたが、今回は読んだ人向けです。
原作以上の「ヨコハマらしさ」があるアニメ版
アニメ版は基本的に原作に沿ったストーリーです(話数のシャッフルはありますが)。
しかしその中で原作にはないカットや"間"が多く挿入されており、それが「原作以上のヨコハマらしさ」という不思議な感覚を生み出しています。
たとえば原作2巻12話(アニメ版1話終盤)でアルファさんがカメラを持っておじさんのところに行って、おじさんを撮ろうとするシーンです。
原作でもおじさんはそのとき水撒きをしていたのですが(1コマだけ映っています)、アニメ版ではその撒いた水がだんだん乾いていく様子で時間経過を表現しています。
上の3つのカットはそれぞれ別カットで、シーンとシーンの間に挟まれています。
それぞれのカット自体はさほど長くないのですが、同じ構図で少しずつ変化していくものを見せることで、体感的に長く感じられるのです。
このシーンは原作でもポンポンと進んでいくシーンなので、このカットを挟まずとも成立します。
しかし、この"間"が入ることで、アルファさんが長々じっくりと悩んでいるのを感じることができます。
また、原作2巻9話(アニメ版1話中盤)のアルファさんとココネの二人で車を待っているシーンについて。
ここも基本的に原作通りの進行ですが、ところどころに周辺の風景を写すだけのカットが挿入されます。
原作でも確かにこの場所のすぐ近くで二人は話しているのですが、これらの風景はほとんど描写されません。
ともすれば作品の印象すら変えかねないこれらのカットですが、原作も読みアニメ版も見終わって振り返ってみると、ヨコハマといえばこの風景といっても過言ではないカットになっています。
贅沢なアニメ
本作を表現するときに「贅沢なアニメ」という言い方ができます。
というのも、要所要所のカットの尺が非常に長く取られているためです。
例えばアニメ第1話終盤のこのカット、「空が段々と暗くなっていき、街灯が点く」というカットなのですが、台詞なしで約17秒あります。
原作ではたった1コマのシーンです(当たり前ですが)。
もちろん、とにかくカットが長ければいいというわけではありません。
短く切るべきところはそうすべきですし、大事な場面でも長いカットばかり多用していると間延びしてしまいます。
「カットの長さ」を上手く使い、贅沢でのんびりとした空間を生み出しているのが、本作の見所の一つと言えるでしょう。
また、アニメ版のこの演出は、原作の「読み方」にも影響を及ぼします。
原作も非常に台詞が少ないので、意識しなければトントンと読み進んでしまいます。
原作だけ読んでいるとそのまま読み終わってしまうのですが、アニメ版を見た後だと、早回しで読んでいるような感覚になります。
そこで、アニメ版のテンポを思い出しながら読むと、意識せずに読んだときと全く違う印象を受けるはずです。
もちろん漫画の読み方など人それぞれですし、この読み方が必ずしも正しいとは思いませんが、アニメ版は一つの読み方を示してくれる「参考書」のような存在とも言えるでしょう。
ノスタルジーとエロス
真面目なヨコハマファンからはひんしゅくを買いそうですが、本作を語る上でどうしても避けて通れないのがいわゆる「萌え・エロス」です。
本作には非常に似つかわしくない言葉だということは重々承知していますが、的確に表現する言葉が見つからないのでひとまずこれで。
具体的な例を挙げると、
・アンドロイド少女
・アルファさんとココネの百合
・アルファさんとタカヒロのおねショタ
・タカヒロの成長による逆転
・ロリ幼なじみのマッキ
・牛乳を飲むと「じ~~~ん」とくるアルファさん
詰め込めるだけ詰め込んでいる感じすらしませんか。
まあこれらはあえて俗っぽい言い方をしただけですが、上記の要素全てが、押しつけがましくなく物語に組み込まれているのが他の「萌え作品」とは一線を画している点だと思います。
それにしても「アンドロイド少女同士の百合」の作品って意外に少ないみたいですね。
そう考えるとかなりニッチな層を狙った非常にフェティッシュな作品とも…。
「ヨコハマを百合作品なんかと一緒にすんじゃねえ!!」というお怒りの声も聞こえてきそうですが、初対面でチューしてその後も意識しまくってる描写バリバリで百合じゃないと言えますか。
僕はプリズマ☆イリヤみたいに直球えっちな作品も大好きですが、ヨコハマにはそれとはまた違ったドキドキ感があると思うんです。
本作のようなエロからほど遠い作品独特の「ノスタルジーなエロス」ってあると思いませんか?
小学4年生の夏、黒いぐらいに青い空、焼き付けるような陽差し、うるさいぐらいの蝉の鳴き声、そして近所のカフェのお姉さん…。
直接的な描写がないだけに、こういったキーワードだけでかなり想像を膨らませることができます。
単純な「萌え」とも単純な「エロ」ともひと味違う「何か」がヨコハマのそこかしこにちりばめられているのです。
三浦半島に行った話
まだ本作を知る前のある日のこと、僕は原付で三浦半島をぐるっと一周する日帰りの旅行に行きました。
半島の先の方まで行くと広々とした田園風景が広がっていました。
しばらく経って初めてヨコハマを読んで作中の田園風景を見たとき、三浦半島のこの景色を思い出しました。
しかし、2巻の表紙折り返しコメントにこんなことが書かれていました。
風景についてのおたよりに、「沖縄に似た所がある」という方や「北海道のイメージだ」という方がありました。
この場所は、そこに行ってみると拍子ぬけするほどありふれた、そこら中にあるような所です。
実際の舞台である三浦半島に行ったという点で、それ以外の土地に対して持つ感覚とは微妙に違うのかも知れません。
しかし、僕が見た田園風景も決して特別ではない「そこら中にあるような所」なのだろうと感じました。
…ちょっと散歩でもしてみようかな。