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Do you see the GIRL

元・アニメ制作進行の自分が、アニメを見ての感想だったり、映画を見ての考察だったり、エロゲをやって勃ったことだったりを書いていくブログです。

【紙の動物園(ケン・リュウ)】人間のアイデンティティについて考える短編

今まで「現代SF」作品をほぼ読んでこなかった私がケン・リュウの短編集『紙の動物園』(文庫版)(早川書房)を手に取ったのは単純な理由である。

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『紙の動物園』(単行本)に収録されている短編『もののあはれ』が、私の好きな漫画『ヨコハマ買い出し紀行』に影響を受けて書かれた作品と知ったからだ。

が、文庫化にあたり単行本の15篇を2分冊しており、今回の第1弾には『もののあはれ』が収録されていないのを知ったのは、購入して帰宅し目次を読んだときだった。

少し残念ではあったが、それで読まない理由にはならないと思い、早速読んでみた。

本作はTVでピースの又吉直樹氏が推薦したことで人気に火が付いたとのことだが、表題作はさほど私の琴線に触れることはなかった。

今回は私の中で特に印象に残った2篇について書いていきたい。

 

心智五行

この短編集の中でもいかにもSFらしい『心智五行』。

話の導入としてはいわゆる「落ちものヒロイン*1」で、若い男女をメインキャラクターに置いており、どこか藤子不二雄SF短編的な匂いも感じさせる。

 

舞台は(明言されていないが)遠い未来。

宇宙船が故障し、見知らぬ惑星に不時着した主人公の女性タイラ。

そこは地球よりも科学レベルのかなり遅れた惑星で、そこに住む男性ファーツォンがタイラを介抱し、次第に二人は惹かれ合っていく…という一見ありきたりな展開ではあるが、話はそう単純ではない。

 

本作でキーとなる要素は「体内のバクテリア」だ。

バクテリア・細菌類を根絶させた文明で暮らしていたタイラだが、ファーツォンの惑星でバクテリアが体内に入り込み、彼女の思考・心情に大きな影響を与える。

筆者付記にてこのアイデアには元ネタがある旨が書かれていたが、以下の記事に恐らく同じことが書かれているので、ひとまずリンクを貼っておく。

www.nikkei.com

タイラはバクテリアが体内にいることで「より冒険好きになり、より衝動的になり、より幸せになる」ことを自覚するようになるが、その状態が果たして自分であるのか疑問を持つようになる。

ファーツォンに恋しているのは自分なのか?バクテリアなのか?

タイラはその答えを見つけられないが、自分の直観(=gut)に従い、ファーツォンの惑星に住むことを決断する。

「gut」は「直観」の他に「腸・内蔵」という意味があり、つまりタイラは腸内のバクテリアに従っているという地口オチ*2でこの話は締めくくられる。

 

このような「いろいろと理屈をこねくり回した挙げ句の地口オチ」というのは実は私は結構好きだったりする。

この話は地口オチ"のみ"ではなく、タイラのアイデンティティの揺らぎなど深く考えるべき箇所も少なくなかったが、最後にコレが来たら全部持って行かれるだろう(笑)

 

愛のアルゴリズム

こちらも人間のアイデンティティに焦点を当てた話である。

 

人工知能を持った人形の開発者の苦悩を描くという点では実に今風な作品とも思われそうだが「人工知能が自我を持って云々」というありきたりなものではなく、逆に「自分の思考は単なるアルゴリズムにすぎないのではないか」という葛藤を描いている。

このさわりだけを聞くと『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?*3』を思い出すSFファンも多いかも知れないが、『アンドロイド~』と違うのは「自分が人間であるか」という点ではなく「そもそも人間の思考がアルゴリズムではないか」という点に疑問を持っているところだ。

 

劇中では「中国語の部屋*4」を引き合いに出し、これと同じ事が人間の脳でも行われているのではないかとしている。

人間の脳もマニュアルに従って動いているだけで「思考」というものは幻想にすぎないのではないかと。

 

『心智五行』と同様、こちらも主人公が作品の主題となる疑問の答えに辿り着かないまま幕を閉じる。

答えは読者に任せる…というよりも、その悶々とした感じを楽しむのがケン・リュウ作品の良さなのだろう。

 

まとめ

上記の2篇、あるいはそれ以外の短編でも、1つの思考実験や実際の出来事を起点にして作者独自の解釈で話を膨らませるのがケン・リュウ氏の作風であるが、このテイストは『人類は衰退しました*5』を彷彿とさせる。

前提知識があるとニヤリとさせられるようなこの感じが、それを知らずとも何故か心地良く感じられる。

 

ひとまず冒頭に書いた短編集の分冊第2弾『もののあはれ』の発売を待つのみである。

*1:落ちものヒロイン…読んで字の如く、空から女の子が落ちてくることで物語が始まる、「ボーイ・ミーツ・ガール」の形の一つ。ラピュタとか、ナディアとか、まほプリとか

*2:地口オチ…言葉遊び、駄洒落をオチとすること

*3:アンドロイドは電気羊の夢を見るか?フィリップ・K・ディックSF小説。人間とほぼ見分けがつかないアンドロイドとそれを討伐する主人公との攻防を描き、そもそも人間とアンドロイドの違いとは…といった考えを提起する作品

*4:中国語の部屋…思考実験の一つ。詳細はググったらすぐ出るよ!

*5:人類は衰退しました田中ロミオライトノベル。人類が衰退し妖精が支配者となった地球で、人類と妖精の調停官を務める「私」の生活を、のんびりと、かつブラックに描いた作品。SFテイストも強い